ハマ弁日誌

弁護士大石誠(神奈川県弁護士会所属)のブログ 最近は相続の記事が中心です

利得消滅?

以下のようなニュースを見聞きしました。


「市が男性に住民税約“1500万円多く”還付するミス 男性は返還に応じず訴訟も」
2018年,大阪府摂津市が,市内に住む男性に対して,平成30年度の住民税に関して約166万円を還付する予定だったところ,誤って1668万円が還付してしまい,2019年になってから,そのことが発覚したそうです。
摂津市は,男性に対して,差額の約1500万円の返還を求めていますが,男性は「生活などですでに使い切った」として応じていないと報道されています。

Yahoo!ニュースのコメント欄を読むと,
・男性には明らかに故意がある。裁判で,市と過失相殺を決めるべき。
・振り込まれたら使うに決まってる。
・時間経ってから返済しろというのは無理でしょう。
といったコメントがありました。

市,振り込まれた預金口座を開設している銀行,男性とがどのような関係になるのか,民法の教科書設例としてもよくある話でもあるので,ブログの題材にしてみようと思います。テスト投稿を兼ねて。


1 誤って多く振り込まれた1500万円は誰のもの?
この問題は,平成8年に最高裁判例が出ており,市と男性との間で,振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず,市と銀行との間で1668万円分の預金契約が成立する(=誤って多く振り込まれた分も,男性のもの)ということになります。
全ての送金手続について,金額間違えてない?振込先は合ってる?を銀行にチェックしてもらうとなると,大変な事務作業になってしまうからねということです。
ですので,誤って多く振り込まれた1500万円は,男性のものということになります。
※「組戻し」がありますが,割愛します。



2 市は払い過ぎた1500万円を返還してもらえない?
誤って多く振り込んでしまった,誤って予定していない人の預金口座に振り込んでしまったというような場合,その送金には「法律上の原因(=理由)」がないので,振り込まれた側(男性)は,振り込んだ側(市)に対して,受けた利益を返還する義務を負うとされています(民法703条 不当利得返還義務)。
銀行と男性との間では1668万円分の預金契約が成立してしまいましたが,本来,多く振り込んでしまった1500万円については市に帰属すべきものですからね。


3 男性には故意がある?
紹介したYahoo!ニュースのコメント欄は,交通事故などの不法行為を想定してのものかと思います。
不法行為といって,故意や過失で他人の財産を侵害した人は,その分賠償責任を負いますからね,とされています(民法709条)。
今回のニュースで考えてみると,市が振り込んだ時点で,男性が誤って多く振り込まれたことを知っていた(しかも,多く振り込むという事務作業を男性がさせていた!)のであれば,故意で他人の財産を侵害しちゃいましたねということになりえそうです。そんな状況はなかなか想像しにくいですが。
また,過失相殺というのは,不法行為のときに,”お互いに”過失があったときに,損害額を調整しましょうねという話ですので,”故意があるので,市と過失相殺をする”ということにはなりません。


4 使い切ったので返さなくて良い?
報道では男性側は,使い切ったので返還すべき金員は残っていないと反論しているようです。
これって言い分として成り立つのでしょうか。
民法は,不当に利得を得た場合の返還の範囲(程度・内容)について,「その利益の存する限度において」と限定することにしています。
ですので,”使い切ったので残っていない!” これはイケてるかもしれません。
・・・ただ,本来なら1500万円分の還付金を除いた男性自身の財産から支払うべきものだったところを,1500万円分の還付金で支払いましたねという場合は,”減るはずの財産が減りませんでしたね”ということになります。
報道のとおり「還付金は既に借金返済や株取引の損失補填に充ててしまった」のであれば,これは言い逃れできませんね,ということになります。

そもそも数万円の誤振込ではなく,文字通りケタ違いなので,利息を付けて全額返還しなければならない悪意の受益者にあたるのではないかと思っています。
先の不当に利得を得た場合の返還の範囲について,実は,「悪意の受益者は,その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。」ともされており,”この誤振込は何かの間違いだと知っていた”場合には,全額きっちり,何なら利息も付けて返さないといけません。
数万円,数千円の誤りならともかく,さすがに1500万円も多いとなると,これは何かのミスだろうと気付いていたのではないかなと思います。
不当に利得を得たことを知らない場合には残っているものを清算するという色合いが強い制度ですが,不当に利得を得たことを知っていた場合には損害の賠償という色に変わる制度なので,Yahoo!ニュースのコメント欄に出てくる,損害賠償をすべきでしょうとのコメントは当たらずとも遠からず,といったところでしょうか。


とはいえ,市からすると,回収できるだけの資産がないと訴訟で勝ったところで,全然回収できませんでしたね,となってしまいます。

「試合に勝って,勝負に負ける」
そんな幕引きになる予感がしています。

ということで,今回の投稿は終わりです。


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