ハマ弁日誌

弁護士大石誠(神奈川県弁護士会所属)のブログ 最近は相続の記事が中心です

安楽死について

緊急事態宣言が解除されて時間が経ちますが,裁判所は完全に元通りかというとなかなか厳しい状況が続いています。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/44603www.tokyo-np.co.jp

裁判員裁判となると当事者を含めて多くの関係者のスケジュールを一斉に押さえないといけませんし,一斉に取り消したので・・・というのは理解できなくもありませんが,それにしても8か月は長すぎると思います(被告人が勾留されていれば尚更)。


ところで,安楽死に関するニュースが飛び込んできました。リンクを貼るのは控えますが,
・報道をまとめると,医師2人が京都市内のALS患者からの依頼を受けて,「100万円以上」の報酬(?)を受け取り,昨年11月にこの患者の自宅を訪れ,室内で薬物を投与し,死なせた疑いがあるというものです。
・医師2人はいずれも患者の主治医ではなく,嘱託殺人罪の疑いで逮捕されたというニュースです。


積極的安楽死の法制化の是非など,調査型の競技ディベートでもよく扱われるテーマですので,今回,記事にしてみようと思った次第です。


積極的安楽死とは
安楽死と言ってもいくつかその種類があり,
①死期が迫っており,堪え難い苦痛のある患者について延命治療を中止する「消極的安楽死
②苦痛の甚だしい死期の迫った人に対して,苦痛の軽減または除去するために死期を早める「積極的安楽死
とがあります。
前者は治療を中止することが許されるか,後者は治療の中止を超えて死期を早めることが許されるかという問題になります。

積極的安楽死を一定の条件下で合法とし,この問題について先進的な国の代表としてはオランダが挙げられます。
オランダでは,判例の集約によって,
①医学上不治と考えられる患者で,
②身体的又は精神的な苦痛が,患者にとって主観的に耐え難いか若しくは深刻である,
③患者が,文書又は口頭で,明示的に生命終結の意思を事前に表明した場合を条件に適法であると考えられてきました。

その後,社会的に浸透していったことを踏まえて,2001年には安楽死等審査法が成立し,翌年から施行されています。疾患別では,がんが最も多く,心臓・血管・肺・神経系の疾患を理由とする安楽死も実施されているようです。





日本での事例
日本でも,安楽死に関わった医師や家族に有罪判決が出た事例がいくつか存在します。

(1)気管支ぜん息の発作を起こし心肺停止状態で病院に運び込まれ,意識が戻らず人工呼吸器が装着されたまま,集中治療室で治療を受けることとなった後,家族から「みんなで考えたことなので抜管してほしい。今日の夜に集まるので今日お願いします。」等と言われ,患者の家族からの要請に基づき,医師が気道確保のために鼻から気管内に挿入されていたチューブを抜き取り,その後,筋弛緩剤を静脈注射の方法により投与した事例。

(2)脊髄を患いリュウマチパーキンソン病などをも併発し寝たきりの状態となった母と,パーキンソン症候群・変形性関節症による立ち上り困難な体幹機能障害となった父と一人で介護をしており,自身も回復の見込みがない脊髄疾患による歩行困難な体幹機能障害となった長男が,いつまでも両親の介護を続けることもできないと思い,両親から死にたいと哀願され,嘱託に応じて両親を絞殺した事例。

(3)大学付属病院に勤務する医師が,治癒不可能ながんに冒されて入院していた患者が余命数日という末期状態にあったとき,家族からの要請に応じて,点滴を外すなど全面的な治療の中止を行い,さらに患者に息を引き取らせることを決意して心停止の作用のある塩化カリウム等を注射し死亡させたという事例。


(1)の事例では,尊厳死ないし終末期医療における治療行為の中止が認められるか否か,認められる場合の要件はどのようなものかがポイントとなりました。
最高裁判所の決定は,法律上許容される治療行為の中止に当たるかを判断する上では,患者本人の回復可能性及び余命と,推定的意思を含めた患者本人の意思とを問題にしているようです。
つまり,治療行為の中止が患者本人の生命を短縮させることに繋がる以上,患者本人の意思を抜きにして,治療行為の中止が適法か否かを議論することはできないとして,(家族等があらかじめ確認していた場合を含む)患者本人の意思を,治療行為の中止の根拠の一つとしています。
また,刑法が嘱託殺人罪承諾殺人罪を犯罪として規定していることとの均衡から,患者本人の意思だけで治療行為の中止を正当化することはできず,医師が治療を尽くしたけれども限界に達しているということも条件として必要だと考えています。


いずれも執行猶予付きの判決となっていますが,患者の死期を早める行為が適法というためには,①患者に耐えがたい激しい肉体的苦痛が存在し,②患者について死が避けられず,かつ死期が迫っており,③患者の意思表示があるという厳しい条件を乗り越えなければならないとされています。


最後に・・・
日本での法制化あるいは何らかの形で医師が刑事訴追を受けないような制度設計は,今すぐには難しいのではないかと考えています。
自己決定の前提となるような,自分で自身の病状についての情報を理解し,自身の価値観と一致するような医療行為の選択ができる理性的・論理的な患者を想定するのは難しいですし,特に,日本では,コロナ渦での報道・インターネットでの中傷などに触れると 【私】の死ぬ【権利】 が 【あなた】の死ぬ【義務】 と変容していくことが心配ですので。
法制化しても問題が起きない(あるいはコントロールできる)程度まで,社会が成熟する必要があると思います。

また,終末期の鎮静は,患者が昏睡のまま死に至ることも多いようで,緩和ケアと安楽死との線引きが難しいのではないかといった問題や,他方で安楽死を合法化することで終末期医療の質が向上したという観測もあり,終末期医療のあり方を含めて議論が必要ではないかと思います。


弁護士 大石誠(神奈川県弁護士会所属)
【事務所】
横浜市中区日本大通17番地JPR横浜日本大通ビル10階
℡045-663-2294