ハマ弁日誌

弁護士大石誠(神奈川県弁護士会所属)のブログ 最近は相続の記事が中心です

遺言による相続分の指定

遺言・相続に関する相談を受けていると、被相続人の方が専門家に相談せずに作成した自筆の遺言書で、「相続分の指定」をしたものに遭遇することがあります。


民法902条
1 被相続人は、前二条の規定(注:法定相続分の割合に関する条文)にかかわらず、遺言で、共同相続人の相続分を定め、又はこれを定めることを第三者に委託することができる。
2 被相続人が、共同相続人中の一人若しくは数人の相続分のみを定め、又はこれを第三者に定めさせたときは、他の共同相続人の相続分は、前二条の規定により定める。


被相続人の意思に基づき、共同相続人のすべて、あるいは一定の者について法定相続分の割合と異なった割合を定めることを、「相続分の指定」といいます。

遺産の全部を、幕の内弁当に例えると、
よくある「遺産分割方法の指定」が、卵焼き・焼き魚は長男に、ご飯は配偶者に、煮物・漬物は長女に…と指定するのに対して、
「相続分の指定」は、弁当箱の中の4分の3を配偶者に、8分の1を長男に、8分の1を長女に、それぞれ取得させると決めるものになります。
(※具材を、不動産、現金、預貯金、株式…と置き換えています)

これがなかなか、遺言の解釈が難問です。

相続分の指定は、相続財産に対する包括的な持分割合である法定相続分の修正ですから、相続人は指定相続分に従って遺産分割を行い、各遺産を取得することになります。

他方で、相続人に対する遺贈も予定されていることから、相続人に対して、割合による包括遺贈がされた場合には、「相続分の指定」なのか「包括遺贈」なのか、遺言の解釈が必要になります。
「相続分の指定」なのか「包括遺贈」なのかによって、代襲相続の可否、相続放棄がされた場合の処理、残余財産に対する相続権の有無といった論点で結論が分かれることになります。

特に、相続人の一部に対して、遺産の全部に関する相続分の指定をし、相続分がない相続人がいる場合、遺留分の問題となるのか、相続人の廃除の問題となるか、といった分岐点が生じることになります。
相続分をゼロと指定した遺言について、ゼロと指定された相続人から、他の相続人に対する遺留分減殺請求(現在の遺留分侵害額請求)を認めた事例もあり、相続人の廃除の問題としたいのであれば、やはり適格な方法で遺言書を作成する必要があります。


相続財産に漏れがあった場合や、相続人の漏れがあった場合、相続人の漏れがなくとも指定する分数に漏れがあった場合、分数(割合)を合計しても1(100%)にならない場合等の問題が生じます。
また相続分の指定だけをした遺言の場合には、指定相続分を前提とした遺産分割協議が必要となり、遺言執行者による遺言の執行が観念できません。
「他の表現にしておけばスムーズに遺言の内容を実現できたのに…」となってしまうわけです。

士業の専門家が関与しての作成をおすすめします。


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【事務所】
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℡045-663-2294

【メモ】遺産分割前の預貯金債権の行使

条文

平成30年改正後
民法909条の2
「各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。」

背景

最大決平成28年12月19日、最判平成29年4月6日により預貯金債権は遺産分割の対象に含まれることとなった
⇒遺産分割協議が成立するまでは、共同相続人の準共有となるので、共同相続人全員の同意を得なければ権利行使をすることができない
⇒ところが、相続債務の弁済、納税資金の確保、葬儀費用の捻出、被相続人から扶養を受けていた相続人の当面の生活費の捻出等の理由で、預貯金を一部でも払い戻せない不都合もある

払い出し可能金額

《上限①》
死亡時の預貯金残高(口座毎に)×3分の1×当該法定相続人の法定相続分

《上限②》
150万円
平成30年法務省令第29号 民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額を定める省令
民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額は、百五十万円とする。」

上限①が、上限②を超える場合、上限②が適用される


これを超える資金需要がある場合については家事事件手続法第200条3項の仮分割の仮処分が想定される*1

後段の意味

遺産の一部分割となり、仮に共同相続人の一部の者が同条前段の規定に基づき払い戻した預貯金の額がその者の具体的相続分を超過する場合、当該共同相続人はその超過部分を清算すべき義務を負う。


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*1:「前項に規定するもののほか、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権(民法第四百六十六条の五第一項に規定する預貯金債権をいう。以下この項において同じ。)を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない。

【メモ】被相続人 韓国籍の相続放棄

●適用法

法の適用に関する通則法第36条「相続は、被相続人の本国法による。」
⇒準拠法は韓国民法

準拠法は韓国民法であるものの、日本に居住し、財産が日本にある場合、相続放棄の管轄は、日本の家庭裁判所になる(韓国民法を前提に。被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所)。

※韓国に債務があるときは、韓国の家庭裁判所に対して相続放棄の手続を取る必要がある。

●相続人の範囲・順位

第1順位 直系卑属
「卑属」がポイント。子が相続放棄をしても、孫がいる場合には孫に相続権が発生する。
孫まで相続放棄をして初めて第2順位が相続人となる。
⇒孫の有無まで確認する必要がある。

第2順位 直系尊属

第3順位 兄弟姉妹
※配偶者がいるときは、配偶者が優先して、単独で相続人となる。

第4順位 四親等内の傍系血族
日本法と異なり、おじ・おば・いとこも相続人となる。
四親等内の傍系血族が複数人いる場合、親等の近い者が先順位となる。
※配偶者がいるときは、配偶者が優先して、単独で相続人となる。

配偶者
第1順位、第2順位の者がいるときは、その相続人と同順位で相続人となる。
第1順位、第2順位の者がおらず、かつ、第3順位以下の者がいる場合、配偶者【のみ】が相続人となる。

法定相続分

配偶者の相続分は、直系卑属直系尊属の5割を加算する。
例えば、子ども3人+配偶者の組み合わせでは、子:子:子:配偶者=1:1:1:1.5 の割合になる。
また、直系尊属1人+配偶者の組み合わせでは、親:配偶者=1:1.5 の割合となる。

相続放棄の起算点

日本法とは異なり、厳格に判断される。
「相続発生の事実と自己が相続人であることを知った日から起算して3か月以内」である。
死亡を知り、時間を経て相続債務が判明したような場合に起算点を動かせない。
なお、韓国民法においても熟慮期間の期間伸長の申立てが可能だが、どの程度の期間伸びるかは裁判所の判断による。

●相続人確定

韓国では戸籍制度が違憲・廃止となったため、相続人確定にあたっては「家族関係証明書」という書類が必要。委任状があれば領事館にて取得可能(これは職務上請求ではない)。
また家裁には家族関係証明書を日本語訳したものを提出する必要がある。

●二次相続対策

被相続人が自己の相続について日本法を準拠法とする旨の遺言を作成すると、相続放棄を含む相続は日本法が準拠法となる。
⇒日本での生活が長い、日本で生まれ育った韓国籍の方は、日本法を準拠法とする旨の遺言書を作成することが極めて重要

その他、同様に、被相続人に適用される相続法を選択できる国の例としては、ドイツ、イタリア、スイスがある。

●中国法との相違点

中国は、財産の存在する国によって複数の国の法律が適用される(相続分割主義)を採用している。在日の中国籍の方が亡くなった場合、日本の遺産は日本法で処理される。


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遺言執行者の職務(遺贈×所有権移転登記抹消登記請求)(続)

職務上請求と言って、弁護士は事件処理にあたって必要な限度で戸籍謄本や住民票の写しを自治体から取得することができます。
先日、とある自治体に戸籍謄本を請求したところ、「手数料 無料」とのことで、定額小為替が返送されてきました。
郵送での請求だと追加料金が必要な自治体もあれば、無料の自治体もあり、自治体毎の財政力の格差からなのか…と考えさせられました。


さて、本題


先日、5月19日に出される最高裁判決について予想する内容の記事を投稿しました。

詳細はこちら
ooishimakoto68.hatenablog.com


最高裁のウェブサイトを検索すると、判決書が掲載されていました。

詳細はこちら
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/085/092085_hanrei.pdf


やはり、予想どおり、「相続財産の全部又は一部を包括遺贈する旨の遺言がされた場合において、遺言執行者は、上記の包括遺贈の効力が生じてからその執行がされるまでの間に包括受遺者以外の者に対する所有権移転登記がされた不動産について、上記登記のうち上記不動産が相続財産であるとすれば包括受遺者が受けるべき持分に関する部分の抹消登記手続又は一部抹消(更正)登記手続を求める訴えの原告適格を有すると解するのが相当である。」として、

遺贈の場合においても、遺言執行の一環として、所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができる

との判断がされました。


このケースでは他にも論点があり、

● 相続分の指定をする旨の遺言では、遺言執行者は、所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができない(原告適格がない)
※相続法が改正される前に発生した相続の場合

● 複数の包括遺贈のうちの一つがその効力を失った場合、遺言者が遺言に別段の意思表示をしたときを除いて、効力を失った包括遺贈につき包括受遺者が受けるべきであった財産は、他の包括受遺者には帰属せず、相続人に帰属する

といった判断がされています。


遺言の種類(「相続させる」「相続分の指定」「遺贈」)の異同を理解した上で、遺言書を作成することが重要だと再認識させられた事案でした。



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YouTubeLiveに登壇しました

4月25日午後8時~、一般社団法人相続診断協会 小川実代表の「笑顔相続チャンネル」のYouTubeLiveに登壇させて頂きました。


「どんなことを大切にして、生きてきたのか」
「自分はどんな人生を送ってきたのか」
家族と語り合う時間をつくることで、
『争族』は未然に防げると信じています。
このチャンネルでは、相続に関する様々なことをわかりやすい言葉でご説明しています。
相続とは、「考え方・生き方・在り方」を命の証である財産とともに受け渡していくこと。
想いを伝えることで、『争族』を『笑顔相続』に変えていくことができると私は信じています。

(概要欄より引用)


遺言の効力をめぐる、いくつかの裁判例を組み合わせた事例を作り、弁護士から見たときの「あるある」をお話させて頂きました。

終活や相続に関係するセミナーは経験がありますが、YouTubeLiveとなると流石に初めての経験でしたので、大変緊張しましたが、無事、務まったかな(?)と思います。

個人的には反省点がたくさんでした。



www.youtube.com



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遺言執行者の職務(遺贈×所有権移転登記抹消登記請求)

最高裁の開廷情報を眺めていたところ、面白そうな事案がありました。

4月21日午後3時~、遺言執行に関係する最高裁の弁論が開かれます。

《どんな事案か》

最高裁が傍聴人向けに発表している事案の概要は、以下のとおりです。

(出典:最高裁判所開廷期日情報 | 裁判所
https://www.courts.go.jp/saikosai/vc-files/saikosai/2023/jiangaiyou_04_540.pdf

原審を調べると、一審判決(東京地裁)は判例秘書に掲載されていました。

① 亡A 本件土地を売買で取得
② 亡A 死亡
 相続人は、配偶者B、長男C、長女Dの3名だった。Dは相続放棄
③ Bは公正証書遺言を作成。内容は「亡Aの相続財産に対する相続分の全部、その他一切の財産をDに1/2を相続させる。孫Fに1/3を遺贈する。孫Eに1/6を遺贈する。遺言執行者にG弁護士を指定する。」
④ 配偶者Bと、長男Cとの間で、本件土地をCが取得する旨の遺産分割協議が成立
⑤ 本件土地について相続を原因とする所有権移転登記をした
⑥ 配偶者Bが死亡。G弁護士は、C、D、E、Fに対して、遺言執行者への就任を辞任する旨通知した
東京家裁は、Xを本件遺言の遺言執行者に選任
⑧ Cは、Yに対して、本件土地を売却
 後日、CからYへの所有権移転登記をした
⑨ 平成22年にした配偶者Bと長男Cとの間における遺産分割協議が無効であることを確認する判決が確定した
⑩ 遺言執行者Xは、不動産を購入したYに対して、登記の抹消を求めて、訴訟を提起した

というのが主な時系列です。

東京地裁の判断は…》

●遺言執行者の職務権限に、遺産である不動産の所有権移転登記(名義変更)が含まれるから、相続人や第三者が当該不動産について自己名義にしたため、遺言の実現が妨害されているときは、遺言執行者は、この所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができる。
遺贈の目的不動産について、相続人によって相続登記が経由されている場合も同様である。
したがって、遺言執行者Xは、Yに対して、登記の抹消を求める資格がある。

●ただし、平成22年にした配偶者Bと長男Cとの間における遺産分割協議が無効であることを確認する判決が確定した(⑨)としても、それはB・Cの間のことであって、Yには判決の効力が及ばない。
Yは、⑨の事実、ひいてはBが本件土地全体の所有者ではないことを知らなかったのであるから、民法94条2項類推適用によって保護される。
したがって、遺言執行者Xは、Yに対して、登記の抹消を求めることはできない。

このように判断して、遺言執行者Xの請求は認められませんでした。

《東京高裁の判断は…》

判例秘書で検索してみましたが、ヒットしませんでした。

改正前の民法1013条には「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない」とあります。
冒頭の最高裁判所広報課の資料によれば、本件土地の持分2分の1はBの財産であって、Cがこれを売却することは民法1013条により無効であるとして、遺言執行者Xの請求を一部認めたとの記載があります。

(Xの逆転勝訴…!)

《何が問題になっているのか》

遺言執行者Xは、Yに対して、登記の抹消を求めて訴訟提起できる立場にあるかというのが争いになっています。

平成11年の最高裁判決として、
『不動産取引における登記の重要性にかんがみると、相続させる遺言による権利移転について対抗要件を必要とすると解すると否とを問わず、受益相続人に当該不動産の所有権移転登記を取得させることは、民法1012条1項にいう「遺言の執行に必要な行為」に当たり、遺言執行者の職務権限に属する。受益相続人への所有権移転登記がされる前に、他の相続人が当該不動産につき自己名義の所有権移転登記を経由したため、遺言の実現が妨害される状態が出現したような場合には、遺言執行者は、遺言執行の一環として、この妨害を排除するため、所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができ、さらには、受益者への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることもできる。』(要約)
と判断した事例があります*1


この事例は「相続させる旨の遺言」、改正後の民法では「特定財産承継遺言」と呼称される方法のもので、今回のように「遺贈」も含まれている場合にも同様に考えて良いのかという点については判例がありませんでした。


最高裁広報課の資料にも「上告人らは、亡Bの遺言の内容や遺言執行者の権限の範囲を具体的に検討せずに、Eによる遺贈の放棄を考慮することもなく、…原判決には違法があるなどと主張している。」と掲載されていることからも、「遺贈」の場合に、平成11年最高裁判決と同様に考えて良いのか、という点について判決が出されると予想されます。

《予想される結論》

遺贈の場合においても、「遺言執行者は、遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し(民法1012条)、遺贈の目的不動産につき相続人により相続登記が経由されている場合には、右相続人に対し右登記の抹消登記手続を求める訴を提起することができる」とした判例*2

民法1012条1項が「遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」と規定し、また、同法1013条が「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。」と規定しているのは、遺言者の意思を尊重すべきものとし、遺言執行者をして遺言の公正な実現を図らせる目的に出たものであり、右のような法の趣旨からすると、相続人が同法1013条の規定に違反して、遺贈の目的不動産を第三者に譲渡し又はこれに第三者のため抵当権を設定してその登記をしたとしても、相続人の右処分行為は無効であり、受遺者は、遺贈による目的不動産の所有権取得を登記なくして右処分行為の相手方たる第三者に対抗することができるものと解するのが相当である(大審院昭和4年(オ)第1695号同5年6月16日判決・民集9巻550頁参照)。そして、前示のような法の趣旨に照らすと、同条にいう「遺言執行者がある場合」とは、遺言執行者として指定された者が就職を承諾する前をも含むものと解するのが相当であるから、相続人による処分行為が遺言執行者として指定された者の就職の承諾前にされた場合であつても、右行為はその効力を生ずるに由ないものというべきである。」とした判例*3があることから、

遺贈が含まれている場合にも同様に、
『受遺者への所有権移転登記がされる前に、他の相続人が当該不動産につき自己名義の所有権移転登記を経由したため、遺言の実現が妨害される状態が出現したような場合には、遺言執行者は、遺言執行の一環として、この妨害を排除するため、所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができる。』

との判断がされるのではないでしょうか。

昭和62年最判は”遺贈目的不動産”に”抵当権”が設定された場合の事例ですから、今回のように遺贈・特定財産承継遺言の対象となっている不動産が”売買”で譲渡されている事例には直接用いることができません。

また、平成11年最判は、”特定財産承継遺言”の対象となっている不動産が”売買”で譲渡されている場合の事例ですから、今回のように遺言の中に「遺贈」も含まれている事例には直接用いることができません。

この隙間を埋めるために、最高裁は弁論を開いて、判決を出そうとしているのでしょう。


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*1:最判平成11年12月16日民集53巻9号1989頁

*2:最判昭和51年7月19日民集30巻7号706頁

*3:最判昭和62年4月23日民集41巻3号474頁

ベ●ッセの顧客情報流出と訴訟代理権

裁判所が公開している判決書を研鑽していたところ、ベ●ッセの顧客情報流出に関する事件の判決が掲載されていました。

平成27年頃に報道がされていた事件だと記憶しています。


興味深かったのは、被告らの反論の中に「訴訟代理権の欠缺」がありました。

「本案前の抗弁」と言って、請求の当否について審査する以前の問題として、訴えを却下すべきだとの反論です。

訴訟委任の意思を確認できない原告については、訴えを却下すべきだというものです。

具体的には、

①未成年者の法定代理人親権者が2名いる場合、原告ら訴訟代理人が訴訟追行について委任を受けるに当たっては、各法定代理人親権者から委任を受ける必要があり(民法818条3項)、訴訟代理人の権限は書面で証明しなければならない(民訴規則23条1項)。
本件の訴訟委任状に係る法定代理人両名の署名の筆跡及び押印の印影が同一であり、少なくとも両名のいずれか一方については、自ら署名押印した事実が認められない原告については、訴訟委任の意思が認められない。

②本件の訴訟委任状に係る署名の筆跡及び押印の印影が、他の訴訟委任状における署名の筆跡及び押印の印影と同一であり、少なくともいずれか一方については、自ら署名押印した事実が認められない原告には、訴訟委任の意思が認められない。

③捨印のない訴訟委任状に、被告名を追加しており、追記された被告らとの関係では訴訟委任の意思が認められない。

④捨印はあるものの「外」が加筆されていない訴訟委任状では、他の被告らとの関係では訴訟委任の意思が認められない。

※被告には、ベ●ッセだけでなく、顧客情報を管理するシステム開発・運用をしているグループ会社、完全親会社も含まれており、全部で3社になっています。

と反論しています。


裁判所は、①②については、
「民訴規則2条1項によれば、裁判所に提出すべき書面である訴訟委任状には「記名押印」が求められているにすぎず、自署は要件とされていないから、上記ア及びイについて問題となり得るのは押印の印影が同一であるという点にとどまる。訴訟委任状は訴訟代理権の存在を証する書面(民訴規則23条1項)として提出されるものであって、当該訴訟を委任する意思を明らかにするための書面であるから、訴訟委任状への押印を通じて原告ら各人の委任の意思が示されていれば足り、原告ら各人が異なる印影を用いることは必須ではない。そして、原告ら訴訟代理人弁護士が、原告らから訴訟委任状を取り付ける際に、意思確認のために本人確認書類を徴求した旨主張していることを考慮すると、既に提出済みの訴訟委任状によって原告らの委任の意思が示されているということができ、署名の筆跡及び押印の印影が同一又は類似しているとの理由でその意思が否定されるものではない。」

③④については、
「本件訴訟において、原告らは、本件漏えい行為によって責任を負うべき主体を被告として訴訟を行うことを原告ら訴訟代理人に委任していることが認められるところ(弁論の全趣旨)、いずれが訴訟の被告となり得るのかについては、原告らが直接顧客情報を提供した被告ベ●ッセについては当初から被告となるべきことが確定していたといえるが、その余の被告らについては、法人相互の関係性を精査しなければ法的責任の所在が判然としないことから、専門知識を有する原告ら訴訟代理人にその適切な選別を含めて委ねていたものと解することができる。そうすると、訴訟委任状に形式的に「外」や捨印がなかったとしても、原告らは当初から本件漏えい行為によって責任を負うべき主体を被告とした訴訟を委任する意思を有していたのであるから、被告ベ●ッセ以外の被告らに対する訴訟を委任する意思を有していたものというべきであって、原告ら訴訟代理人らによる追記があったとしても原告らの当初の委任の範囲内の事項にすぎないというべきである。」

として、いずれの反論も退けています。

最終的な結論は報道のとおりですが、なるほど、こういう争い方も着眼点として忘れてはいけないなと考えさせられた事案でした。


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