ハマ弁日誌

弁護士大石誠(神奈川県弁護士会所属)のブログ 最近は相続の記事が中心です

遺言執行者の職務(遺贈×所有権移転登記抹消登記請求)

最高裁の開廷情報を眺めていたところ、面白そうな事案がありました。

4月21日午後3時~、遺言執行に関係する最高裁の弁論が開かれます。

《どんな事案か》

最高裁が傍聴人向けに発表している事案の概要は、以下のとおりです。

(出典:最高裁判所開廷期日情報 | 裁判所
https://www.courts.go.jp/saikosai/vc-files/saikosai/2023/jiangaiyou_04_540.pdf

原審を調べると、一審判決(東京地裁)は判例秘書に掲載されていました。

① 亡A 本件土地を売買で取得
② 亡A 死亡
 相続人は、配偶者B、長男C、長女Dの3名だった。Dは相続放棄
③ Bは公正証書遺言を作成。内容は「亡Aの相続財産に対する相続分の全部、その他一切の財産をDに1/2を相続させる。孫Fに1/3を遺贈する。孫Eに1/6を遺贈する。遺言執行者にG弁護士を指定する。」
④ 配偶者Bと、長男Cとの間で、本件土地をCが取得する旨の遺産分割協議が成立
⑤ 本件土地について相続を原因とする所有権移転登記をした
⑥ 配偶者Bが死亡。G弁護士は、C、D、E、Fに対して、遺言執行者への就任を辞任する旨通知した
東京家裁は、Xを本件遺言の遺言執行者に選任
⑧ Cは、Yに対して、本件土地を売却
 後日、CからYへの所有権移転登記をした
⑨ 平成22年にした配偶者Bと長男Cとの間における遺産分割協議が無効であることを確認する判決が確定した
⑩ 遺言執行者Xは、不動産を購入したYに対して、登記の抹消を求めて、訴訟を提起した

というのが主な時系列です。

東京地裁の判断は…》

●遺言執行者の職務権限に、遺産である不動産の所有権移転登記(名義変更)が含まれるから、相続人や第三者が当該不動産について自己名義にしたため、遺言の実現が妨害されているときは、遺言執行者は、この所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができる。
遺贈の目的不動産について、相続人によって相続登記が経由されている場合も同様である。
したがって、遺言執行者Xは、Yに対して、登記の抹消を求める資格がある。

●ただし、平成22年にした配偶者Bと長男Cとの間における遺産分割協議が無効であることを確認する判決が確定した(⑨)としても、それはB・Cの間のことであって、Yには判決の効力が及ばない。
Yは、⑨の事実、ひいてはBが本件土地全体の所有者ではないことを知らなかったのであるから、民法94条2項類推適用によって保護される。
したがって、遺言執行者Xは、Yに対して、登記の抹消を求めることはできない。

このように判断して、遺言執行者Xの請求は認められませんでした。

《東京高裁の判断は…》

判例秘書で検索してみましたが、ヒットしませんでした。

改正前の民法1013条には「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない」とあります。
冒頭の最高裁判所広報課の資料によれば、本件土地の持分2分の1はBの財産であって、Cがこれを売却することは民法1013条により無効であるとして、遺言執行者Xの請求を一部認めたとの記載があります。

(Xの逆転勝訴…!)

《何が問題になっているのか》

遺言執行者Xは、Yに対して、登記の抹消を求めて訴訟提起できる立場にあるかというのが争いになっています。

平成11年の最高裁判決として、
『不動産取引における登記の重要性にかんがみると、相続させる遺言による権利移転について対抗要件を必要とすると解すると否とを問わず、受益相続人に当該不動産の所有権移転登記を取得させることは、民法1012条1項にいう「遺言の執行に必要な行為」に当たり、遺言執行者の職務権限に属する。受益相続人への所有権移転登記がされる前に、他の相続人が当該不動産につき自己名義の所有権移転登記を経由したため、遺言の実現が妨害される状態が出現したような場合には、遺言執行者は、遺言執行の一環として、この妨害を排除するため、所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができ、さらには、受益者への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることもできる。』(要約)
と判断した事例があります*1


この事例は「相続させる旨の遺言」、改正後の民法では「特定財産承継遺言」と呼称される方法のもので、今回のように「遺贈」も含まれている場合にも同様に考えて良いのかという点については判例がありませんでした。


最高裁広報課の資料にも「上告人らは、亡Bの遺言の内容や遺言執行者の権限の範囲を具体的に検討せずに、Eによる遺贈の放棄を考慮することもなく、…原判決には違法があるなどと主張している。」と掲載されていることからも、「遺贈」の場合に、平成11年最高裁判決と同様に考えて良いのか、という点について判決が出されると予想されます。

《予想される結論》

遺贈の場合においても、「遺言執行者は、遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し(民法1012条)、遺贈の目的不動産につき相続人により相続登記が経由されている場合には、右相続人に対し右登記の抹消登記手続を求める訴を提起することができる」とした判例*2

民法1012条1項が「遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」と規定し、また、同法1013条が「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。」と規定しているのは、遺言者の意思を尊重すべきものとし、遺言執行者をして遺言の公正な実現を図らせる目的に出たものであり、右のような法の趣旨からすると、相続人が同法1013条の規定に違反して、遺贈の目的不動産を第三者に譲渡し又はこれに第三者のため抵当権を設定してその登記をしたとしても、相続人の右処分行為は無効であり、受遺者は、遺贈による目的不動産の所有権取得を登記なくして右処分行為の相手方たる第三者に対抗することができるものと解するのが相当である(大審院昭和4年(オ)第1695号同5年6月16日判決・民集9巻550頁参照)。そして、前示のような法の趣旨に照らすと、同条にいう「遺言執行者がある場合」とは、遺言執行者として指定された者が就職を承諾する前をも含むものと解するのが相当であるから、相続人による処分行為が遺言執行者として指定された者の就職の承諾前にされた場合であつても、右行為はその効力を生ずるに由ないものというべきである。」とした判例*3があることから、

遺贈が含まれている場合にも同様に、
『受遺者への所有権移転登記がされる前に、他の相続人が当該不動産につき自己名義の所有権移転登記を経由したため、遺言の実現が妨害される状態が出現したような場合には、遺言執行者は、遺言執行の一環として、この妨害を排除するため、所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができる。』

との判断がされるのではないでしょうか。

昭和62年最判は”遺贈目的不動産”に”抵当権”が設定された場合の事例ですから、今回のように遺贈・特定財産承継遺言の対象となっている不動産が”売買”で譲渡されている事例には直接用いることができません。

また、平成11年最判は、”特定財産承継遺言”の対象となっている不動産が”売買”で譲渡されている場合の事例ですから、今回のように遺言の中に「遺贈」も含まれている事例には直接用いることができません。

この隙間を埋めるために、最高裁は弁論を開いて、判決を出そうとしているのでしょう。


弁護士 大石誠(神奈川県弁護士会所属)
【事務所】
横浜市中区日本大通17番地JPR横浜日本大通ビル10階
℡045-663-2294
Attorney | 弁護士 大石誠 横浜平和法律事務所 | 終活コンサルタント
横浜平和法律事務所(弁護士:大石誠)|一般社団法人 相続診断協会
終活カウンセラー紹介(横浜市の終活カウンセラー)|終活相談ドットコム

*1:最判平成11年12月16日民集53巻9号1989頁

*2:最判昭和51年7月19日民集30巻7号706頁

*3:最判昭和62年4月23日民集41巻3号474頁